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京都地方裁判所 平成12年(ワ)548号 判決 2000年11月21日

原告

K興業有限会社

右代表者代表取締役

甲野一郎

被告

乙原二郎

右訴訟代理人弁護士

荒川英幸

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は,原告に対し,金219万5335円,及びこれに対する平成12年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,被告が原告所有の4トントラックを運転して原告の営む運送業に従事していた際に起こした交通事故により,原告が,直接損害を被ったとして,元従業員である被告に対し,民法709条に基づき,損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠(<証拠略>)により容易に認められる事実

1  当事者

(一) 原告は,運送を業とする有限会社である。

(二) 被告は,平成8年7月ころから平成9年11月ころまで,トラック運転手として原告に雇用されていた者である。

2  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

平成9年2月12日,被告が原告所有の4トントラック(京都○○う○○○○。以下「本件車両」という。)を運転して富山県に向かって北陸道を走行中,本件車両がスリップしてトンネルの側壁に衝突する事故が発生し,本件車両が損傷した。

二  争点

1  被告の本案前の答弁(二重起訴・訴権の濫用)の当否

2  本件事故により原告に生じた損害額

3  被告の損害賠償責任の有無及び範囲

4  弁済の抗弁の当否

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1―被告の本案前の答弁(二重起訴・訴権の濫用)の当否

(一) 被告の主張

原告代表者は,「G商事こと甲野一郎」として,伏見簡易裁判所に被告に対する貸金請求事件(同庁平成11年(ハ)第224号。以下「別件訴訟」という。)を提起したが,平成12年3月14日に請求棄却の判決が言い渡され,原告代表者は直ちに控訴した(京都地方裁判所平成12年(レ)第25号)が,控訴棄却の判決が言い渡された。別件訴訟において,原告代表者は,被告に対して45万円を現実に貸し付けたと主張していたが,右判決は,いずれも,原告代表者の右主張を排斥し,原告代表者が,本件事故による損害につき,被告に45万円の借用証書を書かせたものと認定した。

原告は,他の従業員が起こした事故について過去に損害賠償を請求したことはないにもかかわらず,別件訴訟による請求に被告が応じないことへの報復として,被告に対してのみ損害賠償を求める本件訴訟を提起したものである。

このように,本件事故について,別件訴訟と本件訴訟の2つの訴訟が係属しているのであって,本件訴訟の提起は,実質的二重起訴ないし訴権の濫用に当たるから,訴え却下の判決を求める。

(二) 原告の主張

本件訴訟は,別件訴訟とは別個の訴訟であり,本件訴訟の提起は,二重起訴ないし訴権の濫用には当たらない。

2  争点2―本件事故により原告に生じた損害額

(一) 原告の主張

本件事故により原告に生じた損害は,次の(1)及び(2)の合計219万5335円である。

(1)修理費用 55万5335円

<1>A自動車販売株式会社分 3万6359円

本件事故後,積み荷を目的地まで運送した後,A自動車販売株式会社において,応急処置を受け,原告は,その費用として3万6359円を支払った。

<2>B社分 35万0200円

本件車両は,本件事故により,キャビンが激しく損傷したため,キャビンの取替えが必要となり,原告は,B社から中古キャビンを代金35万0200円で購入した。

<3>株式会社C分 16万8776円

原告は,キャビンの脱着作業に関する費用として,株式会社Cに対し,16万8776円を支払った。

(2) 休車損害 164万円

本件車両は,本件事故により損傷し,2か月間使用不能となった。これによる休車損害は,次の本件車両の3か月分の売上の平均月額82万円の2か月分に相当する164万円である。

<1>平成8年10月分(同月21日から翌11月20日まで)売上 88万8000円

<2>平成8年11月分(同月11月21日から翌12月20日まで)売上 80万9000円

<3>平成9年1月分(同月21日から翌2月20日まで)売上 76万8000円

(二) 被告の主張

原告の主張を争う。

3  争点3―被告の損害賠償責任の有無及び範囲

(一) 原告の主張

本件事故当時,北陸道の路面はほとんど凍結などしておらず,障害物もなく,原告は,本件車両にスノータイヤを装備し,タイヤチェーンも携帯させ,安全面において万全を期して走行させていたにもかかわらず,被告の安全運転義務違反・スピード違反により,トンネルに激しく衝突したため,本件車両が損傷し,原告に前記219万5335円の損害が生じた。被告が減速し,前方に注意を払い,安全運転に心がけて車線変更等をしていれば,事故が起きる状態ではなかった。

よって,原告は,被告に対し,民法709条に基づき,金219万5335円及びこれに対する本件事故後の日である平成12年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二) 被告の主張

(1) 本件車両は,平成元年7月初年度登録で,本件事故当時,走行距離が61万キロメートルにまで達していた。

(2) 本件事故が発生したのは深夜であり,当時,路面は凍結しており,雪も少し降っていた。被告は,安全に配慮しながら本件車両を運転していたが,トンネル付近にさしかかった時,道路左端に工事用のパイロンを並べて工事中であったことから,注意しながら進路変更を行ったところ,突然スリップして,トンネル付近の道路端の壁面に衝突したものである。このため,本件車両のキャビン左前部から左ドア付近にかけての部分が損傷し,左ドアの下部にある側面ガラスが割れたが,被告は,ガムテープと段ボールで応急処置を施して,予定の運送業務を終えただけでなく,帰りの荷物も満載して帰社した。しかも,その後の2,3日は,応急処置のままで本件車両を原告の業務に使用したのである。

(3) 本件事故当時,本件車両のタイヤは摩耗が激しく,かつ,携帯していたタイヤチェーンも使用できない古いものであった。被告はもとより,他の従業員も,右事実を指摘し,危険性を訴えていたにもかかわらず,原告は,これを改善しようとせず,右の状態で被告に本件車両による運送業務に従事させたものである。

(4) 被告は,原告に在職中,ほとんど休日もとれないまま,不定型かつ過重・過密労働に従事させられており,その内容は,労働者の心身に多大な負担を及ぼす長距離運送業務と深夜運送業務を含むものであった。被告は,本件事故当時,休みもあまり取れず,連日の仕事で忙しく,睡眠不足で過労状態であった。被告が,それを理由に本件事故の日の勤務を断ったにもかかわらず,原告代表者は,他に運転手がいないので何とか頼むと言って,被告を勤務につかせた。

原告においては,従業員による交通事故が多発しており,その背景には,過重・過密勤務,車両の点検保守の不備,安全教育の不徹底など様々な要因が存在するものと認められるが,いずれにしてもそれは原告に帰責されるべき事由である。

被告が原告に在職していたのはわずかな期間であったが,その間に同僚が少なくとも6人退職しており,右のような劣悪・危険な職場実態の当然の結果として,労働者が定着できない状況が生じていたのである。

(5) (3)及び(4)は,労働者に対する安全配慮義務に違反することはもちろん,道路運送車両法の点検・整備義務や貨物自動車運送事業法の輸送の安全義務等にも違反する行為である。

よって,本件事故は,原告の右義務違反に基づくものであるから,原告が被告に対して損害賠償を求めることは失当である。

(6) 仮に,本件事故について被告にも過失が存在するとしても,原告が被告に対して損害全額の賠償を求めることは許されない。原告の右義務違反により過失相殺がなされるべきはもちろんのこと,かような使用者から被用者に対する損害賠償については,損害の公平な分担という見地から制限が加えられるべきである。

(三) 原告の反論

(1) 原告は,業務用車両に常に冬季にも対応できる夏冬兼用・スノータイヤ兼用のブリジ(ママ)ストン製のタイヤを装着させ,常にその状況を見て,悪ければ交換しているし,冬季はタイヤチェーンを常に携帯させ,道路状況に応じて対処するように運転手に指導していた。なお,本件事故当時は,タイヤチェーンを装着する必要のある道路状況ではなかった。

(2) 被告は,原告に在職中,接触事故を何回も起こし,車両を物に衝突させたり,運送中に積み荷を濡らしたり,卸先等で積み荷を破損させたりしていたもので,仕事への意欲が欠如しており,その仕事ぶりには目に余るものがあった。

(3) 中小の運送業者においては,原告のように,車両保険をかけていないのが実態である。

4  争点4―弁済の抗弁の当否

(一) 被告の主張

被告は,原告に対し,本件事故に関して金4万円を支払った。

(二) 原告の主張

原告代表者が被告から金4万円を受領したことは認めるが,本件事故とは関係がない。

第三争点に対する判断

一  争点1―被告の本案前の答弁(二重起訴・訴権の濫用)の当否

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,別件訴訟の原告は「G商事こと甲野一郎」であるのに対し,本件訴訟の原告は「K興業有限会社」であって,両訴訟では原告が異なる上,別件訴訟の訴訟物は金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権であるのに対し,本件訴訟の訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権であって,訴訟物が異なることが認められ,別件訴訟と本件訴訟がいずれも本件事故に由来した訴訟であることを考慮しても,本件訴訟の提起は,二重起訴ないし訴権の濫用には当たらず,被告の本案前の答弁は失当であるというほかない。

二  争点2―本件事故により原告に生じた損害額

1  修理費用 55万5335円

(一) 証拠(<証拠略>,原告代表者本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

本件事故により,本件車両のキャビンが激しく損傷し,キャビンの取替えが必要になったが,積み荷を目的地まで届ける必要があったことから,被告は,A自動車販売株式会社で応急処置を受けた後,予定どおり,目的地まで積み荷を配達し,帰り荷を積んで関西方面に戻った。原告は,右応急処置の費用として3万6359円を支払った。

本件車両は,応急処置をした状態で2,3日稼働していたが,その後,原告は,B社から中古キャビンを代金35万0200円で購入し,株式会社Cにキャビンの脱着作業等を依頼し,その費用として16万8776円を支払った。

(二) 右認定事実によれば,右修理費用合計55万5335円については,本件事故と相当因果関係が認められる。

2  休車損害 認められない。

原告は,本件事故により本件車両が損傷し,2か月間休車を余儀なくされたため,164万円の休車損害を被ったと主張する。

しかしながら,本件車両の休車期間中,他に遊休車両又は予備車両がなければ休車損害が発生することになるが,本件事故当時,原告に遊休車両又は予備車両がなかったこと,そのため,本件車両が休車していたことにより受注することができなかった仕事があることの主張立証はない。かえって,証拠(原告代表者本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故当時,4トントラックを10台程度保有しており,従業員数は7,8名であったことから,本件車両の修理期間中,4トントラックの遊休車両が存在したことが認められ,また,被告は,右期間中,他の4トントラックを運転して原告が営む運送業に従事していたことが認められる。

そうすると,その余の点について判断するまでもなく,休車損害の発生に関する原告の主張は失当である。

3  結論

以上によれば,本件事故により原告に生じた損害は,修理費用55万5335円である。

三  争点3―被告の損害賠償責任の有無及び範囲

1  本件事故の態様

(一) 証拠(原告代表者本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故の発生状況について,次の事実が認められる。

被告は,本件事故当時,夜に京都を出発して,翌朝に目的地の富山県に到着し,荷物を降ろした後,夕方までに富山方面で帰りの荷物を積み,その翌朝に関西方面に戻ってくる予定であった。

被告は,深夜,機械を積載した本件車両を運転して,京都から富山方面に向かって時速約50キロメートルの速度で北陸道の走行車線を走行していたが,先行車の速度が遅かったため,これを追い越すために追越車線に車線変更したところ,前方に工事中のパイロンがあったことから,これを回避すべく再び左の走行車線に車線変更しようとしたところ,本件車両がスリップし,トンネル入り口付近の側壁に本件車両のキャビン左側を衝突させた。

なお,本件事故当時,本件事故発生場所付近の北陸道路面は凍結した状態であった。

(二) 被告は,急ハンドルを切ったり,急ブレーキをかけたりしていないのに,本件車両がスリップしたことから,本件事故の原因は,車両整備の不備,タイヤの摩耗にあると供述し,自己に過失はない旨主張する。

しかしながら,右認定事実によれば,路面が凍結した状態であり,また,被告は本件車両のタイヤが磨耗していると認識していたことが窺われる(被告本人)から,被告には,車両の運転者として,事故の発生を防止すべく,路面の状況や車両の整備状況・積載物の重量に応じた速度で走行する等の安全運転をすべき注意義務があるところ,これを怠り,時速約50キロメートルの速度で走行したため,車線変更をする際にスリップしてしまったものと推認され,後記認定のとおり,原告の車両整備に不十分な点があったことを考慮しても,本件事故の発生につき,被告自身の過失の寄与を否定することはできない。

2  被告の損害賠償責任の範囲

(一) 右認定事実によれば,被告には,民法709条に基づき,本件事故により原告に生じた直接損害を賠償すべき責任があることになる。

しかしながら,本件のように,使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し,右損害の賠償を請求することができるにとどまると解するべきである(最高裁判所昭和51年7月8日判決・民集30巻7号689頁参照)。

(二) そこで,検討するに,前記争いのない事実等,証拠(<証拠略>,原告代表者本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,これに反する原告代表者の供述は信用することができない。

(1) 原告は,運送を業とする有限会社であって,本件事故当時,被告を含めて従業員7,8名を雇用し,4トントラックを10台程度保有していたが,経費節減のため,右車両については,対人損害賠償責任共済及び対物損害賠償責任共済にのみ加入し,修理費用等を填補するための車両保険等には加入していなかった。

(2) 原告においては,従業員の勤務体系(休日規程を含む。)及び賃金に関する就業規則や残業及び休日労働に関する書面による協定を作成したり,労働基準監督署に届け出ることはしていない。

原告においては,従業員の入れ替わりが激しく,被告が在職していた間にも被告以外に6名の従業員が退職した。

(3) 被告は,平成8年7月ころから平成9年11月ころまで,原告にトラック運転手として勤務し,主として4トントラックによる運送業務に従事していた。被告は,本件事故当時,月額平均25万円弱の給与(税引き後の手取額)の支払いを受けるほか,賞与の支払を受け,その給与・賞与で生活していた。

被告は,原告在職中は,概ね,夕方ないし夜に荷物をトラックに積んで,目的地への距離に応じて夜,夜中又は明け方に出発し,翌朝に目的地に到着し,荷物を降ろした後,夕方までトラック内で仮眠をとり,再び夕方ないし夜に帰りの荷物をトラックに積み,翌朝に目的地に到着するというスケジュールで連日稼働していた。

被告は,長距離運送に従事することもあり,平成8年10月20日以降,年末年始の休暇以外は,1か月当たり1日程度の休日しかなく,自宅で十分な休養を取ることができない勤務状況が続いていた。

(4) 本件事故当時,本件車両にはスノータイヤが装着されており,タイヤチェーンも携帯されていたものの,原告においては,冬季に雪道を走行するに当たってタイヤの状態が適切かどうか,タイヤチェーンを携帯しているか否か,タイヤチェーンが錆びていないかどうかについては,運転に従事する従業員が確認するのに任せており,雇用者として車両の整備点検を十分にはしていなかった。

(5) 原告の従業員が原告の業務に従事中に交通事故を起こすことは日常茶飯事であり,平成8年度に対物賠償責任共済を適用した物損事故だけでも6件あり,そのうち1件は平成8年10月18日に被告が起こしたものであるが,支払われた共済金は5万8065円にとどまり,極く軽微な物損事故であった。

さらに,平成12年3月1日には,原告の従業員が原告の業務に従事中に国道23号線において死亡事故を起こすに至っている。

(6) 原告は,従業員が原告の業務に従事中に起こした他の交通事故について,当該従業員に対して損害賠償請求をすることは滅多にないが,本件事故は,他の事故と比較して,損害額が大きかったことから,被告に対して損害賠償を請求することとした。

(三) 右認定事実によれば,原告は,7,8名の従業員を雇用して運送業を営む有限会社であるのに対し,被告は,賃金生活を営む原告の従業員であったところ,運送業を営む以上交通事故が発生する危険は常に伴い,しかも,原告の従業員が交通事故を起こすことは日常茶飯事であって,所有車両が損傷するなどして損害を被ることが頻繁であったにもかかわらず,原告は,車両保険等に加入することにより車両損害を分散させる手だてをとっていなかったこと,原告の従業員が交通事故を起こすことが日常茶飯事であったということは,従業員自身の運転上の不注意のみならず,原告における労働条件や従業員に対する安全指導,車両整備等にも原因があったものと推認されること,原告に従業員が長く定着しないことからも,原告における労働条件に問題があったことが推認されること,本件事故の発生について被告に重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はないこと,また,本件損害賠償請求は原告の従業員が業務執行中に起こした事故により原告が損害を被った事例のうちで異例に属することをそれぞれ認めることができる。

なお,原告は,被告が在職中に頻繁に事故を起こすなど,その勤務態度に問題があったという趣旨の主張をするが,原告代表者は,被告は他の従業員と比較して事故が多い方であって在職中に4,5回交通事故を起こしたと供述しながら,本件事故以外については事故の内容を何ら具体的に述べることができなかったこと,被告が起こした事故として本件事故以外に証拠上認められる平成8年10月18日に発生したものは,極く軽微な物損事故であったことを考慮すると,原告代表者の右供述は信用することができず,他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(四) 以上で認定したところを総合考慮すると,原告が本件事故により被った損害のうち被告に対して賠償を請求し得る範囲は,信義則上,2で認定した損害額55万5335円の5パーセントに当たる金2万7766円の限度にとどまるものと認めるのが相当である。

四  争点4―弁済の抗弁の当否

1  原告代表者が被告から金4万円を受領したことは,当事者間に争いがない。

2  証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

被告は,原告を退職した後,原告代表者から頻繁に電話等で本件事故による損害の賠償を求められ,被告が平成9年12月27日に原告代表者のもとに出向いたところ,原告代表者から,本件車両修理代金として60数万円の弁償を要求された。

被告は,右修理代金を支払うことに必ずしも納得できなかったものの,自宅にまで電話がかかり,家族にも迷惑がかかっていて対応に苦慮していたことから,弁償すべき修理代金を45万円として月2万円ずつ支払うことで解決しようと考え,原告代表者の提示した借用証書に署名押印した。

被告は,その後,2回にわたり2万円を支払ったが,やはり原告に賠償金を支払うことが納得できなかったので,支払いを中止した。

そこで,原告代表者は,右借用証書に基づき被告との間の金銭消費貸借契約の存在を主張して,被告に対し,貸金残元金及び損害金等の支払いを求める別件訴訟を提起し,右訴訟において,右4万円の支払は右契約に基づく分割返済である旨主張したが,第一審及び控訴審において,原告代表者の右主張は全面的に排斥された。

3  右認定事実によれば,被告が原告代表者に対して4万円を交付したのは,本件事故により原告に生じた損害の賠償をする趣旨ととらえるほかなく,それ以外に被告が原告代表者に対して4万円を交付する合理的理由は認められない。

以上によれば,被告の弁済の抗弁は理由があり,前記3で認定した被告が負担すべき損害賠償額は,既に填補済みであることになる。

第四結論

以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成12年10月17日)

(裁判官 三木素子)

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